人は人によってそれぞれ違う、の意味

今日はちょっと重たい話。

 

世の中、自分たちの世界を作っているのは人。

 

ということは

僕らは、人については何よりも学ばなければならない。

 

人というのはもちろん、周りの人、他人、家族、知人、友人、同僚、上司、部下、などの人の他に、自分という人も加えて考えるべきです。

 

「人はそれぞれ違う」

 

この当たり前の言葉ですが、この意味を本当に理解している人は

地球上にも過去現在未来全て含めても、一人もいません。

 

にもかかわらず、この言葉は皆当たり前のように使っていて

そしてわかっているつもりでいます。

 

 

そのことが

社会の歪みや人間関係の歪み

その他各種問題を生む原因になっていたりするのですが

そういった歪みの性質を持っているものもまた

人なのです。

 

 

人は人によって違いますが

人が持っている機能は

目、鼻、口、耳、手、足、などの外見上のものも内面状のものも含め

基本的にはみな同じものを持っています。

 

 

それが強いか弱いか

得意か不得意か、そういった違いに過ぎないのです。

 

 

ここで僕が言いたいことは何かと言うと

 

同じような出来事があっても、人それぞれ感じ方も違うということ。

人それぞれ、得意なことは違うということ。

人生でなすべきことが違うということ。

 

そのことは絶対に理解したほうがいいです。

 

仕事を一生懸命やって成し遂げる喜びが大事な人。

仲間とともに普通に安心して暮らせるということが大事な人。

一見無駄と思えるようなことが好きで、思わぬところで思わぬ発想を出せる人。

など

本当にそれぞれなのです。

 

 

それを知る人が増え、増えれば他人に自分を押し付けることもなくなり

いわゆる、個性が認められる世の中

というものが作れるのではないでしょうか?

 

僕はそう思うのです。

 

そしてそれは、本人自身が本当は知っているのです。

本当に心からの満足を得られること。

それこそが、その人にとっての本当に必要なものなのです。

 

その人が、やるべき、取り組むべきことなのです。

人が本当に取り組むべきことに取り組んでいた場合、頑張るという発想ではなくなります。

不思議なことに、取り組めば取り組むほど、エネルギーが湧いてくるのです。

 

そしてそういう状況になった人こそ

その行っていることに対し、最高のパフォーマンスを発揮できるのです。

 

仕事は苦痛に耐えて行うべきことだ。

そういうふうにして頑張っているから、偉大な人物になれるのだ。

 

という考えを持っている人が

大多数ですが、これが実は間違いなのです。

本当に大きな成果をあげる人は、そのことに耐えて頑張ってはいません。

 

楽しく夢中でやっているか、もしくは使命感に駆られてやっているか

いずれにせよ、自分の中でやりたいこととしてやっているのです。

 

 

だから僕らも、僕ら自身の人生において

そのラインを目指さなければならないのです。

 

生まれてきて、才能を発揮することなく

本当に充実した人生を送ることなく

そんなまま、終えてしまっていいのでしょうか?

僕は、そんなもの、許せない。

 

そんな世の中ならば、少しでも、一歩でもいいから

変えてみせる。

 

そうして人が本当に変わって大きくなっていく姿を見たとき

もしくはそういう体験をしたとき、想像をしたとき

僕は本当に最高に満たされた感情になるのです。

 

 

このことから考えるに

僕はおそらく

「支援者」「育成者」

こういったものに向いているのでしょう。

 

 

このように

その人その人によって

タイプが存在します。

 

それをまとめ上げて

体系化して公開すること。

 

これをしばらくやってみようかと現在計画中です。

 

 

以前軽く話した人のタイプについての話を

実践的に使えるように改良をしていきたいと考えております。

 

時間はかかると思いますが

よろしくお願いします。

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